2012年01月20日
1.17
今年は阪神大震災から17年。
ずっと行けなかったこの日に神戸へ行ってきました。
三ノ宮、東遊園地の1・17の灯明の周りには、東北へのメッセージがたくさんありました。
今年は14時46分(東日本大震災発生時刻)にも時報が流れ、黙祷が行われました。
公園にいたほとんどの人が帽子や手袋を外して黙祷していました。
報道のシャッター音だけ響いていました。
インタビューを受けていた女性が、『気持ちの整理がつかなくて、いままでこられなかったんです』と話していました。
いるんだなぁ。。。同じような思いの人も。
花粉症みたいに鼻水すすりながら涙こらえました。
夕方、東灘区住吉のかつての職場によりました。
当時の直属の上司は看護部長になられていて
忙しいなか会ってくださいました。
最寄駅の風景も病院の玄関も、改装はされていましたが当時のままで
17年前にタイムスリップしたよう。
振り返ると4才の娘がちょこちょこついてくるような錯覚さえ覚えました。
病院の廊下で懐かしい先生方にもお会いしました。
『また先生と仕事したいよ〜、』というと
『そうやなぁ、たいへんだったけど楽しかったなぁ、みんな若かったしなぁ〜。』
思えばあのころ、ドクターもナースも30代主流の急性期病棟だった。
へとへとでも充実した日々だった。
『いつでも帰ってこいよ』
先生方も『戦友』だね。
それなりに白髪になったりお腹がでたり、保育園に通っていた子供達が成人していたりと『年月』は感じるが
きっと、仕事への情熱はあのころとかわらない。
また一緒に働きたい。たぶん叶わないけど。
思い出話が長すぎて、予定より遅い帰宅になったけど
心がポカポカした震災忌でした。
ずっと行けなかったこの日に神戸へ行ってきました。
三ノ宮、東遊園地の1・17の灯明の周りには、東北へのメッセージがたくさんありました。
今年は14時46分(東日本大震災発生時刻)にも時報が流れ、黙祷が行われました。
公園にいたほとんどの人が帽子や手袋を外して黙祷していました。
報道のシャッター音だけ響いていました。
インタビューを受けていた女性が、『気持ちの整理がつかなくて、いままでこられなかったんです』と話していました。
いるんだなぁ。。。同じような思いの人も。
花粉症みたいに鼻水すすりながら涙こらえました。
夕方、東灘区住吉のかつての職場によりました。
当時の直属の上司は看護部長になられていて
忙しいなか会ってくださいました。
最寄駅の風景も病院の玄関も、改装はされていましたが当時のままで
17年前にタイムスリップしたよう。
振り返ると4才の娘がちょこちょこついてくるような錯覚さえ覚えました。
病院の廊下で懐かしい先生方にもお会いしました。
『また先生と仕事したいよ〜、』というと
『そうやなぁ、たいへんだったけど楽しかったなぁ、みんな若かったしなぁ〜。』
思えばあのころ、ドクターもナースも30代主流の急性期病棟だった。
へとへとでも充実した日々だった。
『いつでも帰ってこいよ』
先生方も『戦友』だね。
それなりに白髪になったりお腹がでたり、保育園に通っていた子供達が成人していたりと『年月』は感じるが
きっと、仕事への情熱はあのころとかわらない。
また一緒に働きたい。たぶん叶わないけど。
思い出話が長すぎて、予定より遅い帰宅になったけど
心がポカポカした震災忌でした。
2012年01月15日
行ってきたよ
夜勤明けの昨日、大阪の天満まで
通信制大学の説明会に行ってきました。
さすがに、考えられているなぁと感心しながら聞いてきましたが、
学位証(卒業証書)は放送大学のほうが立派だな。。。
ここの大学、カリキュラムも面白そうだったし、学費も安いが証書だけは気に入らなかった。
放送大学と一番の違いは学費が前後期とも決まった額で一括納入なこと。
放送大学は申請した教科の数でその学期の学費が決まった。
さらに試験期間が年に六回。
短期間で学習をしなければならないデメリットはあるが、教科の数が多くてもレポートや試験が集中しない。
大学によりシステムはずいぶんちがうのだなと。。。
たぶん、学生のターゲットがちがうのだ。
放送大学はリタイア組も多かった。
資格目的の人もかなりいた。
実務に使える、というよりはどちらかというと資格獲得やちゃんと学問をしたいとか
時間をかけてでもじっくり学びたいとか
そんな感じだった。
もちろん、それも魅力的だったが、試験期間が集中するから私のような一夜漬け組はたいへんだった。
活用というより、試験を突破して単位をとることに集中しないといけない期間が年に二回くる。
脳みそフル回転だった。
もちろん、丸暗記の教科もあったし、そんな教科は記憶から薄れて行く。
だから、印刷教材はいま読んでも新しい本を読んでいるかのごとく新鮮だったりする。(^^ゞ
違う分野の勉強をするのなら違う分野をもった違うシステム、カリキュラムの大学もおもしろいかもしれない。
問題は学費だ。
これだけあればいい洗濯機が買えるなぁ。。。
う〜ん。
通信制大学の説明会に行ってきました。
さすがに、考えられているなぁと感心しながら聞いてきましたが、
学位証(卒業証書)は放送大学のほうが立派だな。。。
ここの大学、カリキュラムも面白そうだったし、学費も安いが証書だけは気に入らなかった。
放送大学と一番の違いは学費が前後期とも決まった額で一括納入なこと。
放送大学は申請した教科の数でその学期の学費が決まった。
さらに試験期間が年に六回。
短期間で学習をしなければならないデメリットはあるが、教科の数が多くてもレポートや試験が集中しない。
大学によりシステムはずいぶんちがうのだなと。。。
たぶん、学生のターゲットがちがうのだ。
放送大学はリタイア組も多かった。
資格目的の人もかなりいた。
実務に使える、というよりはどちらかというと資格獲得やちゃんと学問をしたいとか
時間をかけてでもじっくり学びたいとか
そんな感じだった。
もちろん、それも魅力的だったが、試験期間が集中するから私のような一夜漬け組はたいへんだった。
活用というより、試験を突破して単位をとることに集中しないといけない期間が年に二回くる。
脳みそフル回転だった。
もちろん、丸暗記の教科もあったし、そんな教科は記憶から薄れて行く。
だから、印刷教材はいま読んでも新しい本を読んでいるかのごとく新鮮だったりする。(^^ゞ
違う分野の勉強をするのなら違う分野をもった違うシステム、カリキュラムの大学もおもしろいかもしれない。
問題は学費だ。
これだけあればいい洗濯機が買えるなぁ。。。
う〜ん。
2012年01月13日
再発
今年も関西での恒例行事『十日戎』が終って、街は静かになり寒さも増してきた。
阪神大震災のあと10年ほど、この季節になると震災当時の夢をみて、地震発生時刻に目が覚め、瓦礫や火災の焼け焦げたニオイがした。
それは毎年17日の震災忌まで続いた。
それが10周年を過ぎたころからなくなり、私の心の重しも軽くなって
そうか、もう充分だよとだれかがいってくれている気がしていた。
しかし、昨年の東北の震災以降、繰り返される報道と、阪神大震災との比較される被害の状況、
さらに帰郷の際目にした、見慣れた風景の変貌。。。
秋に再会した友の経験談、災害医療研修。
もう17年前の出来事が、またリアルに想起された。
だけど、もう大丈夫だと思っていた。
去年だって、震災関連の記事をみても涙がこぼれることはなかった。
しかし、今年は違った。
『戎さん』の終った翌日から、5時前後に目が覚める。
ニオイがする。
地鳴りが聞こえる。
新聞記事に涙がこぼれる。
今年は、17年前と同じ曜日まわり。
1月17日は火曜日。
1995年はまだ成人式が15日で、16日は振替休日。
連休明けの17日、私は日勤でたまたま職責者不在の日だった。
リーダーだった私は、病棟の責任者だったはずだった。
。。。しかし、行かなかった。
娘がケガをしているのに、こんな時に家族より仕事か、と主人にとめられて。
痛みと恐怖に怯えた幼い娘を置いて行くのはたしかに忍びなかった。
連れていくなり預けるなりして仕事にいくことを強行することもできた。
しかし、強行まではしなかった。
夕方にやっと病院に駆け付けた私に同僚は『無事でよかった、こないのはなにかあったからだと思っていた。』と
私と私の家族の無事を喜んでくれた。
私が、出勤しなかったことを誰も責めたりしなかった。
さらには、『今日はなんとかなるから、明日から出られそうだったら来て。無理でも連絡はいらない』
明石から(休みなのに)自転車で駆け付けた上司はそういってくれた。
病院を離れるとき、ごめんなさい、ごめんなさい、と思いながら、
喧騒の職場から離れることにどこかホッとしている自分がいて
そのことが長い間許せなかった。
時間をかけて、大学で心理学も学んで、やっと溶かした氷が
昨年の震災でまた硬く凍り始めたのか。
いま、すべきは固まっていることでもない。
記事に涙することでもない。
忘れないことでもない。
今日来るかもしれない『東南海地震』の減災に
備えることだと思っている。
経験者として。
今年の震災忌は偶然にも休み。
同じ曜日まわりの17日。
いままで17日に休みがあっても神戸に行くことができなかった。心情的に。
今年は、行こうかなと思っている。
5時46分にいられなくても、『同じ日』に神戸に居たいと思う。
自分の中の記憶と対峙するために。
足元に迫りくる、次の大災害に、今度こそ後悔のない自分でいたいと思うから。
今朝も、あるはずのない火災のあとのニオイがした。
気が済めば、少しは私の中の『亡霊』は影を潜めるのか。。。
軽い心の傷口は、時々血を流して私に警告を続けるのだろうか。
神戸は。。。
『お帰り』と言ってくれるかなぁ。。。
阪神大震災のあと10年ほど、この季節になると震災当時の夢をみて、地震発生時刻に目が覚め、瓦礫や火災の焼け焦げたニオイがした。
それは毎年17日の震災忌まで続いた。
それが10周年を過ぎたころからなくなり、私の心の重しも軽くなって
そうか、もう充分だよとだれかがいってくれている気がしていた。
しかし、昨年の東北の震災以降、繰り返される報道と、阪神大震災との比較される被害の状況、
さらに帰郷の際目にした、見慣れた風景の変貌。。。
秋に再会した友の経験談、災害医療研修。
もう17年前の出来事が、またリアルに想起された。
だけど、もう大丈夫だと思っていた。
去年だって、震災関連の記事をみても涙がこぼれることはなかった。
しかし、今年は違った。
『戎さん』の終った翌日から、5時前後に目が覚める。
ニオイがする。
地鳴りが聞こえる。
新聞記事に涙がこぼれる。
今年は、17年前と同じ曜日まわり。
1月17日は火曜日。
1995年はまだ成人式が15日で、16日は振替休日。
連休明けの17日、私は日勤でたまたま職責者不在の日だった。
リーダーだった私は、病棟の責任者だったはずだった。
。。。しかし、行かなかった。
娘がケガをしているのに、こんな時に家族より仕事か、と主人にとめられて。
痛みと恐怖に怯えた幼い娘を置いて行くのはたしかに忍びなかった。
連れていくなり預けるなりして仕事にいくことを強行することもできた。
しかし、強行まではしなかった。
夕方にやっと病院に駆け付けた私に同僚は『無事でよかった、こないのはなにかあったからだと思っていた。』と
私と私の家族の無事を喜んでくれた。
私が、出勤しなかったことを誰も責めたりしなかった。
さらには、『今日はなんとかなるから、明日から出られそうだったら来て。無理でも連絡はいらない』
明石から(休みなのに)自転車で駆け付けた上司はそういってくれた。
病院を離れるとき、ごめんなさい、ごめんなさい、と思いながら、
喧騒の職場から離れることにどこかホッとしている自分がいて
そのことが長い間許せなかった。
時間をかけて、大学で心理学も学んで、やっと溶かした氷が
昨年の震災でまた硬く凍り始めたのか。
いま、すべきは固まっていることでもない。
記事に涙することでもない。
忘れないことでもない。
今日来るかもしれない『東南海地震』の減災に
備えることだと思っている。
経験者として。
今年の震災忌は偶然にも休み。
同じ曜日まわりの17日。
いままで17日に休みがあっても神戸に行くことができなかった。心情的に。
今年は、行こうかなと思っている。
5時46分にいられなくても、『同じ日』に神戸に居たいと思う。
自分の中の記憶と対峙するために。
足元に迫りくる、次の大災害に、今度こそ後悔のない自分でいたいと思うから。
今朝も、あるはずのない火災のあとのニオイがした。
気が済めば、少しは私の中の『亡霊』は影を潜めるのか。。。
軽い心の傷口は、時々血を流して私に警告を続けるのだろうか。
神戸は。。。
『お帰り』と言ってくれるかなぁ。。。
2012年01月10日
迷い
やってみようかなと、思ったものの、迷いだしたことがある。
再びの学生復帰。
放送大学を卒業して、五年目。
あぁ、しんどかった、しばらく学生はいいわぁ。。。と思っていた。
研究テーマが具体化してきたら、大学院を受けてみようかなとか考えてはいたが
具体化せず、そのままになってきた。
ところが昨年、石巻の友人に再会し、彼女の話を聞くにつけ、
やっぱり何となく仕事をしていることに違和感を覚えた。
私は、もしかしてなにも知らないのではないだろうか。。。
無知であるのに、年齢ばかり重ねたことで『知っているつもり』の錯覚に捕われているのではないだろうか。
年末に、看護協会の新聞に載っていた大学の通信教育の広告。。。
苦手だけど、この分野は必要なのかも。。。
また、できない自分と対峙するのはいやな気分だし、
テストもレポートも仕事の合間にこなすのがたいへんなことも知っている。
しかし、この小さなモチベーションを無視したら、きっと何年か先、後悔するかもしれない。
がんばる自分をアピールしたいだけ?
それとも、『あの子がもってるもの』を私も欲しいみたいな、幼稚な対抗心?
また、いやな思いするよ、めんどうだよ、スクーリングも試験も大阪だよ、だいたいこれ以上どこに本置くんだよ、と
ネガティブな私がいう。
だけど。。。50まであと一年半。
思い切るならラストチャンスかも。。。
取り寄せた大学資料を眺めながら、そんな簡単な話しじゃないぞと思いつつ、
ガイダンス、聴きに行こうかと思う歳の始めであります。
再びの学生復帰。
放送大学を卒業して、五年目。
あぁ、しんどかった、しばらく学生はいいわぁ。。。と思っていた。
研究テーマが具体化してきたら、大学院を受けてみようかなとか考えてはいたが
具体化せず、そのままになってきた。
ところが昨年、石巻の友人に再会し、彼女の話を聞くにつけ、
やっぱり何となく仕事をしていることに違和感を覚えた。
私は、もしかしてなにも知らないのではないだろうか。。。
無知であるのに、年齢ばかり重ねたことで『知っているつもり』の錯覚に捕われているのではないだろうか。
年末に、看護協会の新聞に載っていた大学の通信教育の広告。。。
苦手だけど、この分野は必要なのかも。。。
また、できない自分と対峙するのはいやな気分だし、
テストもレポートも仕事の合間にこなすのがたいへんなことも知っている。
しかし、この小さなモチベーションを無視したら、きっと何年か先、後悔するかもしれない。
がんばる自分をアピールしたいだけ?
それとも、『あの子がもってるもの』を私も欲しいみたいな、幼稚な対抗心?
また、いやな思いするよ、めんどうだよ、スクーリングも試験も大阪だよ、だいたいこれ以上どこに本置くんだよ、と
ネガティブな私がいう。
だけど。。。50まであと一年半。
思い切るならラストチャンスかも。。。
取り寄せた大学資料を眺めながら、そんな簡単な話しじゃないぞと思いつつ、
ガイダンス、聴きに行こうかと思う歳の始めであります。
2012年01月07日
初受診

愛犬リリィは、今日初受診。
『先生のとこ、いく?』っていったら、
『いく、いく〜!』って喜んだくせに、来てみたらなんでそんな不安な顔するの?
今日はごはん(フード)とお薬もらうだけだから、検査も注射もしないよ。
おやつもらって、やっと機嫌なおして帰ってきました。
2012年01月03日
2012年01月03日
箱根駅伝
ゆとり教育の子供たちが大学生になっています。
怒られることになれていないとか、試練に弱いとかいわれていますが
若者は基本的にどんな時代も変わらないと思います。
チームの伝統とプライドを背負って走る彼らはカッコイイ。
がんばれ〜。
怒られることになれていないとか、試練に弱いとかいわれていますが
若者は基本的にどんな時代も変わらないと思います。
チームの伝統とプライドを背負って走る彼らはカッコイイ。
がんばれ〜。
2012年01月01日
明けまして
新年になってすぐにブログアップしたのですが、
送信拒否られました。
短いメールはいけたのになぁ。。。
二時間くらい着信が遅れるらしいと娘がいうので、放置してみましたが、
届かなかったみたいですな。
元旦はゆっくり起きて、昨日作ったお祝いのお節を温めて
盛り付けながら白味噌の雑煮を作り、
元旦の朝食。
昨日、疲れ果ててできなかった年賀状にコメントを入れて、
さぁ、お宮さんな行こうと思ったら、旦那がいない。。。
。。。寝室で寝てた。
起こしても起きないので、置いていきました。
今年のおみくじは『末吉』
『吹き荒れし嵐もいつかおさまりて、軒端にきなくうぐいすの声』
。。。とのこと。
願い事もわがまましなければかない、待ち人もサブライズあり〜のでやってくるらしい。
全体的に、困難はあってもうまくいく。。。らしい。
神様が用意してある未来がどんなものでも、困難はいつも私のため。
ひとつ歳をとって、厚みも?増してがんばりましょう。
みなさんにとっても、よい一年でありますように。。。
送信拒否られました。
短いメールはいけたのになぁ。。。
二時間くらい着信が遅れるらしいと娘がいうので、放置してみましたが、
届かなかったみたいですな。
元旦はゆっくり起きて、昨日作ったお祝いのお節を温めて
盛り付けながら白味噌の雑煮を作り、
元旦の朝食。
昨日、疲れ果ててできなかった年賀状にコメントを入れて、
さぁ、お宮さんな行こうと思ったら、旦那がいない。。。
。。。寝室で寝てた。
起こしても起きないので、置いていきました。
今年のおみくじは『末吉』
『吹き荒れし嵐もいつかおさまりて、軒端にきなくうぐいすの声』
。。。とのこと。
願い事もわがまましなければかない、待ち人もサブライズあり〜のでやってくるらしい。
全体的に、困難はあってもうまくいく。。。らしい。
神様が用意してある未来がどんなものでも、困難はいつも私のため。
ひとつ歳をとって、厚みも?増してがんばりましょう。
みなさんにとっても、よい一年でありますように。。。
2011年12月31日
大晦日
昨日の日勤で仕事納めでした。
一年の最後の日は『希望して』休みにしてもらいました。
そこへ姑が『お父ちゃん、退院する』というので、午前中一緒に病院へ。
スタッフに聞いたら、『退院』ではなく『外泊』だと。。。
。。。おかしいと思った。
まったく、年寄り情報はいい加減だ。
しかも、予定している治療を拒否しているとのこと。
あかんやん。
『してもらわな、あかんで!』と言い聞かせ、実施してもらうことに。
とりあえず、一度帰って、やっと年賀状を買って、
愛犬をバギーにのせ、家族で和歌山城へ。
二の丸公園で家族写真の撮影し、自宅で年賀状作成。(娘)
掃除の続き(私)
釣り道具の手入れ(旦那)
ん?年末に関係ないやん。
買い物も遅くなりましたがなんとか調達。
やっとこれからお節作ります。
振り回された年末でした。
今年も、あと3時間。。。
一年の最後の日は『希望して』休みにしてもらいました。
そこへ姑が『お父ちゃん、退院する』というので、午前中一緒に病院へ。
スタッフに聞いたら、『退院』ではなく『外泊』だと。。。
。。。おかしいと思った。
まったく、年寄り情報はいい加減だ。
しかも、予定している治療を拒否しているとのこと。
あかんやん。
『してもらわな、あかんで!』と言い聞かせ、実施してもらうことに。
とりあえず、一度帰って、やっと年賀状を買って、
愛犬をバギーにのせ、家族で和歌山城へ。
二の丸公園で家族写真の撮影し、自宅で年賀状作成。(娘)
掃除の続き(私)
釣り道具の手入れ(旦那)
ん?年末に関係ないやん。
買い物も遅くなりましたがなんとか調達。
やっとこれからお節作ります。
振り回された年末でした。
今年も、あと3時間。。。
2011年12月29日
となりの
主人の両親はわが家の隣に住んでいる。
と、いうか、義父の土地に私達が家を建てさせてもらっているわけ。
後期高齢者の両親は、広くなってしまった昔ながらの家に
それでも、二人で暮らしてくれている。
先々週のこと、押さえたら引っ込んでいた義父のソケイヘルニアが
引っ込まなくなったと、姑がいってきた。
ホームドクターに紹介状をもらい、お城近くの病院で手術入院して、今週始めに退院してきた。
特になにもいってこないから、問題ないのだろうと思っていた。
私も年末まで仕事だし、少ない貴重な休日を年始準備のため、
今日はあれをして。。。とちょっとづつ掃除なんかをしていた。
そして今日。。。
『お父ちゃん、退院してからちっとも食事をしない』と、心配した姑がいってきた。
昨日も同じようなことを言っていたが、そんなにたいしたことはないと思っていた。
しかし今日、寝ているという義父の顔を見て驚いた。
真っ白、明らかに貧血がひどい。
よく聞いたら、真っ黒の『タール便』が出ているそう。
病院へ行くのを頑なに拒む義父を、『自家用車で行かないなら、救急車呼ぶで!年賀状もらう前に葬式になるで!』と
半ば、脅して先日退院したばかりの病院へ。
結果、胃カメラのあと、入院。
胃の噴門近くに2センチほどの潰瘍があって、そこからの出血だったようだ。
しかし、潰瘍といいながら隆起した病変。。。
気になる。
絶食、持続点滴で、輸血はせずに鉄剤投与で様子をみることに。
なんで、年末の休暇が始まってからいってくるのよ。
しかも、受診依頼の電話中、ずっと『行かへん!自分のことは一番自分がわかってる』と、わーわー言っていた義父。。。
ほっといたら、みんなに迷惑かかるって、わからんのか。。。
まったく、一番わかっていないのはあなたです、お義父さん。。。
旦那は家にいながら、他人事。。。
ちょっと!
あんたの親なんですけど!
疲れた一日でした。
と、いうか、義父の土地に私達が家を建てさせてもらっているわけ。
後期高齢者の両親は、広くなってしまった昔ながらの家に
それでも、二人で暮らしてくれている。
先々週のこと、押さえたら引っ込んでいた義父のソケイヘルニアが
引っ込まなくなったと、姑がいってきた。
ホームドクターに紹介状をもらい、お城近くの病院で手術入院して、今週始めに退院してきた。
特になにもいってこないから、問題ないのだろうと思っていた。
私も年末まで仕事だし、少ない貴重な休日を年始準備のため、
今日はあれをして。。。とちょっとづつ掃除なんかをしていた。
そして今日。。。
『お父ちゃん、退院してからちっとも食事をしない』と、心配した姑がいってきた。
昨日も同じようなことを言っていたが、そんなにたいしたことはないと思っていた。
しかし今日、寝ているという義父の顔を見て驚いた。
真っ白、明らかに貧血がひどい。
よく聞いたら、真っ黒の『タール便』が出ているそう。
病院へ行くのを頑なに拒む義父を、『自家用車で行かないなら、救急車呼ぶで!年賀状もらう前に葬式になるで!』と
半ば、脅して先日退院したばかりの病院へ。
結果、胃カメラのあと、入院。
胃の噴門近くに2センチほどの潰瘍があって、そこからの出血だったようだ。
しかし、潰瘍といいながら隆起した病変。。。
気になる。
絶食、持続点滴で、輸血はせずに鉄剤投与で様子をみることに。
なんで、年末の休暇が始まってからいってくるのよ。
しかも、受診依頼の電話中、ずっと『行かへん!自分のことは一番自分がわかってる』と、わーわー言っていた義父。。。
ほっといたら、みんなに迷惑かかるって、わからんのか。。。
まったく、一番わかっていないのはあなたです、お義父さん。。。
旦那は家にいながら、他人事。。。
ちょっと!
あんたの親なんですけど!
疲れた一日でした。
2011年12月27日
今年最後の
今日は今年最後の夜勤です。
夕方から、胃の辺りに差し込む痛みがあって、薬飲みながらの仕事です。
年末に向けて退院する人もいれば、正月くらい年寄りのいない日常がほしい、と高齢者の退院を拒む家族もいます。
いろいろです。
飲み込みができなくなったり、認知症で食べる意欲を失った人に施されてきた、『胃ろう』を
意志表示できない人にまで施すのは、人工呼吸器と列ぶ『延命』ではないかとの議論が始まるそうです。
延命がなにかではなく、生きる意味はなにかを議論してほしいな。
今日も、子供のように『帰りたいよ〜』というおばあちゃんをなだめて、
夜を過ごします。
夕方から、胃の辺りに差し込む痛みがあって、薬飲みながらの仕事です。
年末に向けて退院する人もいれば、正月くらい年寄りのいない日常がほしい、と高齢者の退院を拒む家族もいます。
いろいろです。
飲み込みができなくなったり、認知症で食べる意欲を失った人に施されてきた、『胃ろう』を
意志表示できない人にまで施すのは、人工呼吸器と列ぶ『延命』ではないかとの議論が始まるそうです。
延命がなにかではなく、生きる意味はなにかを議論してほしいな。
今日も、子供のように『帰りたいよ〜』というおばあちゃんをなだめて、
夜を過ごします。
2011年12月23日
その後。。。
一見、アッケラカンとしていた娘。
一時は『結婚したい』とまで思った彼との別れはショックだったらしい。
夜、携帯に電話をよこした。
同じ大学だから、顔を会わす。
今までなら学食で隣にすわったのに、向かい側にすわる。
話かけてくる。
自分から別れたいと言ったくせに、もらった指輪を返したら泣く。
彼の部屋に置いていた自分の荷物を紙袋に入れて返してきたが、
マンションの入口にポンと置いて、荷物から離れたとこから返しにきたという。
別れたいと言ったつい三日前までいつもとかわらない付き合いだったのに、
そのときもこいつとは別れようと思っていたという。
喧嘩が増えてきたけど、こうしてわかりあえるんだと思っていたのに。。。
男女の精神成長は女性のほうが早いといわれる。
別れようと言えば、きっと自分の幼さも無条件で受け入れてもらえると思った彼と
合わない部分も折り合ってより理解し合いたいと思った彼女。
きっと、お互い嫌いになったわけではなく、
相手に求めるパートナーとしての『条件』が食い違ったのだろう。
彼女が悲しいのは、『別れ』そのものではなく、
扱われ方であったように思う。
遊び疲れ、攻略し終えたおもちゃに飽きたように、『もう、いいや』とごみ箱に捨てたものの、
やっぱりもったいないかなぁと、時々とりあげる。
そんな感じであると。
一人の女性とは扱ってないし、一方的で自分勝手なくせにちょっと勿体なかったかな、彼女が折れてくれたらヨリを戻してもいいよ、みたいな。。。
腹立たしくて涙が出るといって電話口で泣く彼女。
それをなぜ友達ではなく『母親』にいうのか。。。
友達は、鎧を着た彼女を本当の彼女と思っている。
それまでの彼女も、それまでの彼も、それまでのいきさつも知っている。
『別れた』といったら、『あんたにしてはガキによくつきあったね。』と言われた。
『そうだね』と平気なふりをして返したが、やりきれなかった。
友達に見せてきた自分を、彼女も真の自分だと認識しようとしていたし、
それを崩したくない。
だけど、この辛さはだれかに聞いてほしかった。。。
彼女にも守りたいプライドがあったのだと思った。
縁がなかったのかもしれないし、もしかしてしばらくしたらまたお互い思い直すかもしれない。
とにかく、一度リセットしたら?
友達としてではなく、思いキリ『後輩』として
メルアドやmixiの写真も消して、
彼がなかったことにしてくれというなら、自分もおもいっキリなかったことに。
しあわせだった気持ちだけ覚えていたらいいんじゃない?
だって、それはうそじゃないもの。
もっといい男、外見じゃなく、男気のある男くらい、まだどっかにいるよ、出会ってないだけ。
ヤケクソでチンケな男捕まえるな〜。もったいない。
もっと、いい恋みつけなよ。
きっとあるから。
そんな話をして電話を切った。
翌日、mixiの日記に
『わたし、お母さんの子供でよかった。
産んでくれてありがとう』
どぉいたしたして。
あなたが選んだお母さんですから。。。
大人の階段はまだまだ先が長いのよ。
いつか、その弱さも知っている友人ができるといいね。
がんばれ〜。
一時は『結婚したい』とまで思った彼との別れはショックだったらしい。
夜、携帯に電話をよこした。
同じ大学だから、顔を会わす。
今までなら学食で隣にすわったのに、向かい側にすわる。
話かけてくる。
自分から別れたいと言ったくせに、もらった指輪を返したら泣く。
彼の部屋に置いていた自分の荷物を紙袋に入れて返してきたが、
マンションの入口にポンと置いて、荷物から離れたとこから返しにきたという。
別れたいと言ったつい三日前までいつもとかわらない付き合いだったのに、
そのときもこいつとは別れようと思っていたという。
喧嘩が増えてきたけど、こうしてわかりあえるんだと思っていたのに。。。
男女の精神成長は女性のほうが早いといわれる。
別れようと言えば、きっと自分の幼さも無条件で受け入れてもらえると思った彼と
合わない部分も折り合ってより理解し合いたいと思った彼女。
きっと、お互い嫌いになったわけではなく、
相手に求めるパートナーとしての『条件』が食い違ったのだろう。
彼女が悲しいのは、『別れ』そのものではなく、
扱われ方であったように思う。
遊び疲れ、攻略し終えたおもちゃに飽きたように、『もう、いいや』とごみ箱に捨てたものの、
やっぱりもったいないかなぁと、時々とりあげる。
そんな感じであると。
一人の女性とは扱ってないし、一方的で自分勝手なくせにちょっと勿体なかったかな、彼女が折れてくれたらヨリを戻してもいいよ、みたいな。。。
腹立たしくて涙が出るといって電話口で泣く彼女。
それをなぜ友達ではなく『母親』にいうのか。。。
友達は、鎧を着た彼女を本当の彼女と思っている。
それまでの彼女も、それまでの彼も、それまでのいきさつも知っている。
『別れた』といったら、『あんたにしてはガキによくつきあったね。』と言われた。
『そうだね』と平気なふりをして返したが、やりきれなかった。
友達に見せてきた自分を、彼女も真の自分だと認識しようとしていたし、
それを崩したくない。
だけど、この辛さはだれかに聞いてほしかった。。。
彼女にも守りたいプライドがあったのだと思った。
縁がなかったのかもしれないし、もしかしてしばらくしたらまたお互い思い直すかもしれない。
とにかく、一度リセットしたら?
友達としてではなく、思いキリ『後輩』として
メルアドやmixiの写真も消して、
彼がなかったことにしてくれというなら、自分もおもいっキリなかったことに。
しあわせだった気持ちだけ覚えていたらいいんじゃない?
だって、それはうそじゃないもの。
もっといい男、外見じゃなく、男気のある男くらい、まだどっかにいるよ、出会ってないだけ。
ヤケクソでチンケな男捕まえるな〜。もったいない。
もっと、いい恋みつけなよ。
きっとあるから。
そんな話をして電話を切った。
翌日、mixiの日記に
『わたし、お母さんの子供でよかった。
産んでくれてありがとう』
どぉいたしたして。
あなたが選んだお母さんですから。。。
大人の階段はまだまだ先が長いのよ。
いつか、その弱さも知っている友人ができるといいね。
がんばれ〜。
2011年12月19日
クリスマス前に?
先日、矯正歯科の定期受診のため帰省した娘が
ボーイフレンドとの不協和音について話していた。
付き合いだしたのは今年の5月。
今年入学した一年生だと言っていた。
以前は、祇園祭に浴衣でいったんだ〜とか
愛犬に会わせたいから今度実家に連れて来てもいい?なんて話していた。
彼の話をするときの娘は楽しそうだったので、仲良くしているのだろうと思っていたのだが、
今回の話はちょっと違った。
年下の彼は、かなり背伸びをして彼女と付き合ってきたのか、親しくなるほどに、その背伸びが『張りぼて』であるのが露呈してきたようだった。
就活を目の前に、大人として独り立ちを具体的に考える時期にきている彼女と
高校生気分がまだ抜けない一年生では、将来へのスタンスも学業に対する姿勢も違った。
男として大人っぽく仕切りたい彼の『張りぼて』を、年下だからと容認してきた彼女だったが、
だんだん、イライラしてきたようだった。
自分は思いやりや理解をうけるのが当然だけど、相手を思いやるとか理解することに慣れていない彼。
暗くなってから部屋にやって来る彼女を、最寄駅まで迎えにくることはなく部屋でまっていたり
一緒に、同じ講義に向かうとき、自分だけ自転車にのって
『後でね〜。』と先に行ってしまったり
『なんだかね、自分のことしか考えてないんだよね。。。物事への考え方も、誰かの受け売りばかりで。。。』
男女が付き合っていくとは、同性の友人との付き合いとは、おのずと違うもので
なおかつ、どんな家庭でどんな愛され方をして育ったかにもよる。
誰だって、母親のように無条件で愛してほしいし、わがままとわかっていてもわがままを聞いてほしいときもある。
しかし、恋人は他人なのだ。
彼女は第二の母親ではない。
甘やかさないことと、思いやらないことは違うし、
自分の考え方をすべて理解してくれるわけではない。
違う人格なんだから。
付き合うとは、相手をどれだけ好きかではなく
自分的に相手の気に入らないところをどのくらい許せ、歩み寄れるかではないかと思う。
それは、どちらか一方だけの努力によるものであってはならない。
それが『付き合える』関係だと思う。
話を聞きながら、これは長持ちしないなぁなんて思っていた。
そしたら今日、『わかれたーw(゜o゜)w』とメール。
友達に戻ろうといわれたらしい。
いや、彼女的には彼は友達としたら少しランク外かもしれない。
彼にしてみれば、クリスマス前だもの、きっと別れたくない、やり直そう、私が悪かった、的な反応を期待してのことだったかもしれない。
だとしたら、彼はやっぱり彼女をわかっていない。
彼女は彼が思うより、『男前』なのだ。
考えてもどうにもならないこと、譲歩の方向がまったく見えないこと、なによりその苦悩がのちのメリットにならないことは
スパッと切る。
それはもう、潔く。
もちろん、とりすがったり、泣き叫んだりするのはめんどくさいし
それほどの価値を見出だしてはいない。
彼女のプライドが許さない。
クリスマス前、損をしたのは彼のほうかも。
『私にはあなたが必要よ、捨てないで』なんて言ってほしくて
別れようって言ってみたら
あら、かまいませんよ、別れましょう。。。とあっけらかんと言われ
すんなり白旗降った男ならうちにもいます。
男なんてそんなもんです。
本来、甘えっ子の彼女。
強さは生き抜くために身につけた鎧。
彼女の強さを『無理するな』と包んでくれるような男性が、現れたらいいなぁと思います。
みなさん、楽しいクリスマスを過ごしてくださいね〜。
ボーイフレンドとの不協和音について話していた。
付き合いだしたのは今年の5月。
今年入学した一年生だと言っていた。
以前は、祇園祭に浴衣でいったんだ〜とか
愛犬に会わせたいから今度実家に連れて来てもいい?なんて話していた。
彼の話をするときの娘は楽しそうだったので、仲良くしているのだろうと思っていたのだが、
今回の話はちょっと違った。
年下の彼は、かなり背伸びをして彼女と付き合ってきたのか、親しくなるほどに、その背伸びが『張りぼて』であるのが露呈してきたようだった。
就活を目の前に、大人として独り立ちを具体的に考える時期にきている彼女と
高校生気分がまだ抜けない一年生では、将来へのスタンスも学業に対する姿勢も違った。
男として大人っぽく仕切りたい彼の『張りぼて』を、年下だからと容認してきた彼女だったが、
だんだん、イライラしてきたようだった。
自分は思いやりや理解をうけるのが当然だけど、相手を思いやるとか理解することに慣れていない彼。
暗くなってから部屋にやって来る彼女を、最寄駅まで迎えにくることはなく部屋でまっていたり
一緒に、同じ講義に向かうとき、自分だけ自転車にのって
『後でね〜。』と先に行ってしまったり
『なんだかね、自分のことしか考えてないんだよね。。。物事への考え方も、誰かの受け売りばかりで。。。』
男女が付き合っていくとは、同性の友人との付き合いとは、おのずと違うもので
なおかつ、どんな家庭でどんな愛され方をして育ったかにもよる。
誰だって、母親のように無条件で愛してほしいし、わがままとわかっていてもわがままを聞いてほしいときもある。
しかし、恋人は他人なのだ。
彼女は第二の母親ではない。
甘やかさないことと、思いやらないことは違うし、
自分の考え方をすべて理解してくれるわけではない。
違う人格なんだから。
付き合うとは、相手をどれだけ好きかではなく
自分的に相手の気に入らないところをどのくらい許せ、歩み寄れるかではないかと思う。
それは、どちらか一方だけの努力によるものであってはならない。
それが『付き合える』関係だと思う。
話を聞きながら、これは長持ちしないなぁなんて思っていた。
そしたら今日、『わかれたーw(゜o゜)w』とメール。
友達に戻ろうといわれたらしい。
いや、彼女的には彼は友達としたら少しランク外かもしれない。
彼にしてみれば、クリスマス前だもの、きっと別れたくない、やり直そう、私が悪かった、的な反応を期待してのことだったかもしれない。
だとしたら、彼はやっぱり彼女をわかっていない。
彼女は彼が思うより、『男前』なのだ。
考えてもどうにもならないこと、譲歩の方向がまったく見えないこと、なによりその苦悩がのちのメリットにならないことは
スパッと切る。
それはもう、潔く。
もちろん、とりすがったり、泣き叫んだりするのはめんどくさいし
それほどの価値を見出だしてはいない。
彼女のプライドが許さない。
クリスマス前、損をしたのは彼のほうかも。
『私にはあなたが必要よ、捨てないで』なんて言ってほしくて
別れようって言ってみたら
あら、かまいませんよ、別れましょう。。。とあっけらかんと言われ
すんなり白旗降った男ならうちにもいます。
男なんてそんなもんです。
本来、甘えっ子の彼女。
強さは生き抜くために身につけた鎧。
彼女の強さを『無理するな』と包んでくれるような男性が、現れたらいいなぁと思います。
みなさん、楽しいクリスマスを過ごしてくださいね〜。
2011年12月11日
昨日の一件で
肩が凝って、たいへん。
お歳暮送らな、いかんし
排水溝のアミアミににはまって剥けたヒールの踵の修理も頼まないかんし
ってわけで、駅前の和歌山唯一の百貨店へ来たってわけ。
うちの片付けもしないといけないが、テスト前と同様、目を逸らして後回し。
あぁ。。。やんなきゃいけないことばっかりあるが
先延ばし。。。
もう一人の几帳面な私は、いつもずぼらな私に勝ちを譲ってしまう。
帰ったらゴミ出しの準備くらいしよ。
お歳暮送らな、いかんし
排水溝のアミアミににはまって剥けたヒールの踵の修理も頼まないかんし
ってわけで、駅前の和歌山唯一の百貨店へ来たってわけ。
うちの片付けもしないといけないが、テスト前と同様、目を逸らして後回し。
あぁ。。。やんなきゃいけないことばっかりあるが
先延ばし。。。
もう一人の几帳面な私は、いつもずぼらな私に勝ちを譲ってしまう。
帰ったらゴミ出しの準備くらいしよ。
2011年12月11日
2011年12月10日
命拾い

今日、お昼に「おやつくれよ!」ってほえる愛犬リリィに
パン袋にちぎったパンを入れて、ポンってあげた。
いつも、袋をがさがさしながらちょっとづつパンを食べるので
長い間、遊んでおとなしくしている。
でも、今日はちがった。
パンをいつもより早く食べだした。
私は食事をしていたのでリリイに背を向けて
食べだしたところで
ブルブル、ブルブルっと頭をふるリリイに気づいた。
「あれ、なにして・・・」
前足で顔をこすり頭を千切れんばかりに振っているリリイの舌が
チアノーゼで紫になっていた。
パンをのどに詰まらせていたのである。
あわてた。
背中をたたいても吐き出す気配はなく
胸郭は動かない。
意識はあるのでわずかに空気は通っているのかも知れなかった。
かまれるのを覚悟で口に指を入れ気管が確保できないか試す。
指先にぬるぬるしたパンの塊が触れたが取り出せない。
一か八か、押し込んで身体を縦にして背中と胸をたたいてのどをさすって・・・。
ちょっと舌の色がピンクになってきたのを確認。
動物病院に電話。
病院が電話に出たところで、やっと「ワン!ワン!」と吠えた。
電話で「お世話になっているリリイです。いま、窒息しかけて。。。
声が出だしたから大丈夫だとは思うけど、連れて行きます。」
本人も、びっくりしたのかキョロキョロ。
私が大きな声を出したので、しかられたときのような「シュン」とした表情をしていた。
車の中でもじっとして病院まで。
レントゲンを撮ってもらったが、特に残留物はなく、飲み下してくれたようだった。
先生は、てっきり神経麻痺が進行して呼吸困難になったかと思っていたらしい。
「なんだ、パンか。。。一緒にいたのがお母さんでよかったな。お父さんなら死んでたな。。。」
笑い話でよかった。。。
看護師さんたちが代わる代わる、「なにしてんのリリィ、あわてて食べたらあかんよ」
みんなでなでてくれて、小さくした好物の「カワハギ」のおやつをくれて
おなかの毛を刈って、耳掃除して、つめを切ってとフルコースでしてくれた。
今後も、起こると思って、
パンやビスケットは湿らして小さくしたのを一個づつ
牛皮のガムはあげない
ドライフードもミルクか水をかけて
あと、気管を詰めたときの対処方法を聞いてきた。
よかったよ〜。
どんなに大切な家族でも、犬に救急車は来てくれないもの。
仕事で幾多の急変を見てきても、
「我が子」の急変には電話をする手が震えた。
京都の娘にメールしたら、
「そういうのやめてよ〜」って。
お母さんだってやだよ。
神様、まだ、この子を連れて行かないでください。。。。
2011年12月08日
おぉっ

元彼の担当する中学校ができてきたらしい。
かつて、大学の卒業制作展に行ったことがあった。
製図が展示されていて、建築士ってすごいなぁ〜と思ったことがある。
デザインだけでなく、強度も計算して形にしていく仕事って想像がつかず、
すごいこと勉強していたんだなと、ちょっと尊敬したのを覚えている。
今年の春先には、建設予定地の写メがきた。
地盤調査で古井戸が発掘されたり
毎週、毎週、長時間の打ち合わせが重ねられたり
子供達の思い出が詰まる学校ができるまで大変な労力と時間と沢山の仕事人が関わるのだなと。
彼の住む市の斎場も彼の設計で、『光が入る明るい斎場にしたかったんだ』と
陽光の差し込む斎場になり、そこからお母さんをおくったと。
親孝行だね。
なかなかいないよ、息子の造った斎場からおくってもらえる母親なんて。
いま、さらに入札した小学校の設計とあわせて、仕事に忙殺されているらしい。
密会は当分無理だね。
雪の降る街で生まれたくせに寒がりの彼に、現場は辛そうだ。
がんばって、いいものを完成させてください。
一人、
何年ぶりだろ、




