仙台で生まれて25年間すごして、ひょんなことから関西の人に嫁ぎました。 和歌山在住。 家族は主人と京都に暮らす大学生の娘、13才でお星さまになったコーギー犬リリィです。

2011年05月03日

温度差

到着ロビーには兄夫婦が迎えに来てくれていた。

兄たちも、地震から初めて空港方面に来たらしい。

空港まで行けるかどうかもわからなかった、と。

『だって、(復興の)邪魔になるから。。。』

東部道路を越えると、見慣れた風景に変わる。

『津波は東部道路で辛うじてせき止められたらしい。』

東部道路の西側はいつものバイパスの風景だった。

市街地に入ると、その痕跡はほとんどなかった。
広瀬川は穏やかに流れ、川にかかる橋もなにもなかったように渡れる。

『阪神の震災の教訓で耐震対策だけはされていたから、ビルの倒壊なんかはほとんどない。

津波さえなかったら、被害はほんとに少なかっただろうと思うよ。。。』


仙台市内でも沿岸部と山手ではまるでちがう被害状況のようだった。



石巻の友人は

『いまはまだ来ないほうがいいよ。もっと街がきれいになって、元にもどったら見に来て』

そういっていた。

物見遊山のつもりはないが、被災者はそれほどいま必死で暮らしているのだなと。

かつて神戸三ノ宮の駅前に『元気です。見に来るな!』と書いた大段幕がかけてあったという。

その気持ちは痛いほどわかる。


だから、今回石巻には行かないことにした。


仙台の繁華街には『負けない』『がんばろう』の文字があちこちに掲げられているが、

街は震災などなかったような賑わいで、若者たちが歩いている。


賑わいの中にいると、もしかして、あの光景はまぼろしかと思うほど。


しかし、確かに私に繋がる人の中にも津波の被害者がいて、この賑わいの中にもきっと重い十字架を背負った人がいる。


穏やかで豊かな自然は、時に『忘れるな』と牙をむく。


暖かな陽射しと上空から見た穏やかな海の白波。。。

新聞に今だ追加される亡くなられた方の名前。。。


その温度差のなかに、人々は暮らしているんだ。


暮らしているんだなぁ。。。



Posted by リリィ at 16:23│Comments(4)
この記事へのコメント
おかえりなさい(^_^)
久しぶりのお里帰り、ゆっくりできるといいですね。

同じ宮城県でも、沿岸部の被害は甚大ですからね。
テレビの映像と実際に見るのでは 違うみたいです。

空港も被害が大きかったのに、本当に早い復旧でしたね。

宮城の為に、たくさんの方々が胸を痛め、助けてくださる事に感謝感謝、
そして何もできない自分にはがゆい思いをしています。
Posted by ガミガミ母さんガミガミ母さん at 2011年05月04日 12:14
>ガミガミ母さん

五日間、ゆっくりしました。

旧交も暖めました。

仙台入りしてからずっとひいていた風邪も、なんとか軽くなりました。

明日から、仕事再開。
また和歌山弁にシフトするのに少し時間かかるかも。
阪神の震災でも遠方からたくさんの支援者がきてくれて、昼夜問わず支えていただいたのに、私ときたらそのお返しを今だになにもしないままです。

だから、せめて東北の作物や産物を買い、東北を訪れることで支援しようと思っています。

非力な私を許してください。
Posted by リリィ at 2011年05月04日 16:05
石巻のでも津波の直撃を受けた沿岸地域は地元の私でも行くのは大変です。
道路もガレキはかなり撤去されてる所も有りますが
まだ泥やヘドロで大変な場所も多いし、今は大潮の時期で
沿岸地域では時間によって冠水している所も有りますので
車でも走るのは大変だとおもいます。
ですのでお友達がおっしゃる通りもう少し復興してからお越しになるのが
良いかと思います。
確かに被災地に住んでいる私でも温度差は感じます
仙台の中心部は早い時期から復旧が進んで
私が住んでいる石巻地域は仙台に比べるとかなり後から
復旧してくるって感じです。
同じ石巻市でも温度差はあるんです・・・
私が住んでいる地域は3月中にライフラインが復旧しましたが
津波の直撃を受けた地域は今だに給水車が活躍していますので
自衛隊もまだ暫く石巻での災害派遣は続くと思われますので
多分ですが8月には石巻川開き祭りが開催される予定なので
その辺りにはかなり此方も落ち着いていると思います。
ですから行きたい気持ちは分かりますが
後もう少しだけ待った方がよろしいと思いますm(_ _)m
Posted by SEI.SEI. at 2011年05月06日 15:06
SEIさん

そうですねぇ、来るなという友人の言葉は彼女の思いやりだとも受け取れました。

神戸でも、倒壊した建物の前でピースサインをして写真を撮る若者がいました。
腹が立つやら悲しいやら。。。

今回の帰郷で、こちらの友人に被災を見せたい思いもありましたが、

カメラを向けるのがためらわれ、なにも撮らずにきました。

状況は報道が知らせてくれるんだから、私の記憶に留めようと。

時間はかかっても、やがてまた活気ある港町に戻る日がくるでしょう。

あの、瓦礫と焼け跡の広がった神戸も再生しました。
神戸にできたことは石巻にもきっとできます。
がんばってください。
Posted by リリィ at 2011年05月06日 22:41
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温度差
    コメント(4)